見上げる眼差し


 その仕種一つでドキリとさせられる瞬間がある。
 一気に鼓動が早くなって落ち着かない気分になってしまう。
 掠めるような口付けを交わした後…緋色の瞳がマジマジと見詰めてくる。

 しかも間近でだ。

 何度かゆっくりと瞬きをしながらも視線を外す事無く凝視する眼差し。
 その瞳に浮かぶ感情はささやかなもので…それを読み取るのは困難を極める。

 それでも…少しは分かるようになったけれど。


「…何?」

 恐る恐る問い掛けてみると、パインは少し驚いたように瞳を瞬かせる。
「何って?」
「そんなに見られると…結構恥ずかしいんだけど」
 見ていた…と言う事実すら自覚が無かったのか、パインは再び瞳を瞬かせた。
 そしてひっそりと口許に苦笑を浮かべていく。

 何に行き当たってのその苦笑なのか。

「すまない…」
 たったそれだけの言葉。

 全てを彼女の中で納得させて…終わりにされるのはやはり落ち着かない。
 全部を知りたい…とまでは思えば傲慢だろうが、パインが何を考えていたのかくらいは知りたいと思う。

 あんな静かな目で見詰めていた意味を。

「何か付いてるか?」

「目と鼻と口…」

 即効で返ってきた色気も素っ気も無いお言葉。
 そうやって隠してしまうから時に暴いてみたくなる。

 見えない防御壁の向こうにある感情や思いを。

「誤魔化すし…」
 ギップルは腕を伸ばしてパインの腰に絡めると引き寄せてみた。


 抵抗はない。
 …と言う事は、機嫌は悪くないはずだ。



「他愛の無い事だから気にするな」

 紅い宝石のような瞳が微かに綻ぶ。
 それは何かを考えていた…と言う答えに他ならない。

 密着する体とは裏腹に触れる事すら出来ない心。
 表情の少ない面の奥に隠された本質と言うべき魂に…触れてみたいと思ってしまう。

「だったら教えてくれても良いだろ?」

 防御壁を突付けば反射的にパインは防御体制を取る。それがどんな些細な刺激であっても。
 その証拠に微かに眉を寄せた。和らいでいたはずの瞳が冷ややかな色を纏っていく。


「…嫌だ」

「どうして…」


 自分でも予想にもしていなかった程…掠れた声が零れた。
 情けないくらい惨めったらしい声だった。

 その瞬間…パインの見開いた瞳が一瞬硬直した。

 そして弾かれたようにクスクスと笑い出す。
 あの剣呑な色が一瞬にして払拭されてしまっていた。

「そんな情けない声を出すな…馬鹿」
 密着しているから笑う振動が伝わってくる。
 何となく恥ずかしいやら情けないやら…複雑な気持ちが込み上げてきた。

 …そこまで笑わなくても。

 不貞腐れたような表情が出たのか、パインは笑いを収めると…口許に微苦笑を刷いた。

「…ホントに大した事じゃないんだ」

 思いがけない言葉に今度はこっちの方が驚いた。
 たったあれだけの事なのに…気分が変わったらしい。
 ここで茶化せばまた不機嫌に逆戻りだ。

 だから…辛抱強く待つ事にした。


 空いている手でそっとパインの前髪を撫で上げてみる。
 普段は撫でつけるようにセットされた銀の髪も今はサラサラと指が滑っていく。
 その感触が触れている方も心地良い。

「ギップルって意外と背が高いんだなって」

「…へっ?」

 そんな事を何故隠す必要があるのだ。

「ほら、いつも私…踵の高い靴履くだろ?素足だと…ちょっと違う感じに見えるんだなって」
 ちょっとした発見を感じ取っていた眼差しだったのだと…やっと分かった。

 でも…それを隠す理由が分からない。
 素直に言ってくれれば良いものを。

「そんな事…何で隠す?」

「…言っても意味がないだろ?」


 意味が無い。


 確かにそれを言われても…そうか?と言うだけで終わりになってしまうような事だ。
 でもパインにとってそれはどんな意味を持つ発見だったのか。
 それに付随する思いを知りたいと思うのは我儘なのだろうか。
 思わず溜息が漏れた。その線引きをそちらでされれば手も足も出ない。


「俺としては…些細な事でもコミュニケーションを取りたいと思う訳」

「そんな話して楽しいのか?」
「…パインがしてくれる話なら何でも聞きたい」


 パインは不可解そうに眉を寄せた。


「女性の他愛ないお喋りは男には理解出来ないと…聞いたが?」
「あんたは喋らな過ぎ…」


 幼馴染みと違ってパインはお喋りな方ではない。
 話題を振れば答えもするが、あれこれ話しを持ち込んでくる訳でもない。
 皮肉こそ饒舌にはなるが、普段はあまり話しをするタイプではないのだ。


「…何を話したら良いのか分からない」
「何でも良いんだって…」


 いつも素っ気無い言葉ばかり紡ぐ唇にそっと口付けてみる。
 微かに逃げようとする体を抑え込み…再び唇を寄せる。



「あんたが話しをさせない…って言うのもあるんじゃないのか?」

 呆れたような溜息が離れた瞬間の唇から漏れる。
 吐息が触れた。

 …おやおや、俺にも責任有りってか?

 確かにキスをしていては話も出来ない。

 抱き留めていた腕を緩めて、額をコツンと合わせてみる。
 間近に見える赤い宝石。

「じゃあ…今夜はゆっくり話しをしよう」

 ただ見詰めるだけではなく…言葉にして欲しい。


 そんな眼差しもドキドキするけれど。

 もう少し…何を考えているのか知りたいと思うから。





好きな人の事は何でも知りたいと思う。でも、知らない方が良い事もある。:20041207:シアーズ