さそうゆびさき


「それ、あんたの癖だよな」

　緋色の瞳が可笑しげに柔らかく綻んで見上げてくる。
　ギップルは何を言われているのか分からなくて、ただ見詰め返すしか出来なかった。

「何が？」

　問い返すと、パインは微苦笑を浮かべながらそっと首を竦めた。
「私の顔撫でるの。よくするだろ？」

　指摘されて気が付いた。
　確かに今も、なだらかな頬のラインを辿るように指先を滑らせた気がする。

　いつ…していたのさえ覚えていない。
　気がつかずにしてしまうから癖と呼ぶのか。

「そうか？」

「ああ。…触ってて楽しいのか？」
　パインは不思議そうな顔をして、指先でギップルの頬や顎を掠めるように触れていく。
　少しひんやりしていて、ちょっとくすぐったい。

　何度か頬を撫でていく感触に、ぞわぞわと何かが這い上がってくる。

　…あ〜。ちょっとヤバイ気がする。




「あのぉ、パイン先生？」
「何？」

「…強烈に誘われてる気分なんだけど」

　一瞬…キョトンとしたように緋色の瞳が硬直する。
　直ぐに意味が飲み込めなかったのだと分かった。

　だが次の瞬間、緋色の瞳が見開かれ、ささやかな指先の温もりが弾かれたように離れた。
　何度か瞬きをしてパインは首を傾げていく。

「そうなのか？」

　自覚が無いのが恐ろしい。
　触れられることは苦手な癖に、触れることに躊躇がない。

　パインは怪訝そうに眉根を寄せて再び問いてくる。

「もしかして、あんたはそのつもりで触ってるのか？」
「別に、そんなつもりじゃねえけど？」

　指摘されるまでしている事さえ気が付かなかったのに。

「じゃあ、何なんだ？」
「さあなぁ。何でなんだろ」


　目の前にいる事を確認したいのかもしれない。
　ちゃんとこっちを見ていて欲しくて、気を向けたいのかもしれない。

　パインはいつだって遠くを見つめていたから。


　ギップルは片腕でパインの腰を引き寄せて、額に掛かる前髪をそっと撫で上げた。
　そのまま何度かゆっくりと髪を梳いてやると、紅玉の瞳が心地良さそうに細められていくのが分かった。
　力を抜くような長い吐息が洩れた。

　撫でられて大人しくなっていく猫みたいだと…いつも思う。

　無防備にも見えるその表情こそ、誘っているようなものだと気が付かない。



「…何でだろ。やっぱり平気だ」

「何が？」
「あんたには触られても…嫌な感じがしない」

　下心丸出しなのに…と、赤い瞳が苦笑を湛えて少し困ったような顔をした。


　確かにパインは触れられるのが苦手だ。
　特に慣れない相手には。

　アカギ隊の訓練の頃も、最初のうちは腕を掴んだり…肩を叩くのさえ嫌がられた。
　触れた瞬間に、ピリピリとした威嚇の視線を容赦なく向けられたのを覚えている。
　どうせこいつも、「アルベド嫌い」なんだろうな…と思っていた。
　そのくせ演習で怪我でもすれば…文句言い放題で容赦ない手当てをしてくれたりして、そのうち訳が分からなくなった。

　その習性を知ったのは、彼女が多少「馴れて」くれた頃だったろう。



「光栄だねえ。でも、その基準って何なんだ？」
「知らない。兎に角、嫌なのは嫌なんだ」

　でも俺は嫌じゃないらしい。
　それどころか、パインの全部に触らせて貰えたりする。

　…そう言うのって、結構男心を擽るんだよなあ。

　自覚が無い辺りが、また…こう、そそられたりする。


　ギップルは隠しきれない嬉しさに、パインの頬へと指先を滑らせた。
「…またやってる」
　パインは小さく肩を震わせると、擽ったそうにそっと首を竦めた。

「嬉しくって」
「顔触るのが？」
「あんたが傍にいて笑ってくれるのが」



　強くて綺麗で、時々可愛らしくて。
　緋色の瞳も銀糸の髪も、紅い唇も…白い肌も。
　そして、その傷ついた魂までも。
　その全てに触れていたい。

　それが許されているのなら、勿論…遠慮無く。


　パインは微苦笑を浮かべた瞳を近づけて顔を覗き込んでくる。
「ホント、物好きなヤツなんだな。あんたって…」
「そうか？」
「…そうさ」
　クスクスと笑いを立てたパインは凭れるように体を預けてくる。


　柔らかな銀糸の髪が頬を軽く撫でていく。
　吐息が首筋を弄るように擽った。
　伸ばされていた指が後髪を撫でるように弄ぶ。

　密着する柔らかくて温かな感触に、また…ぞわぞわとヤバイ感覚が這い上がってくる。
　鼓動がどんどん早くなっていく。

　遠慮無く「いただきます」…といきたいところだが、そう甘くはないのがこのお方。
　きっちり合意の上でないと、引っ掻かれるどころでは済まない。
　下手をすれば一刀両断にされかねない。

　触れる事には躊躇のないパインのこの行為を、果たしてどう受け取って良いものやら。



「も、もしかして…誘ってんの？」


「…バカ。そんな訳無いだろ？」



　耳元に触れた答えが酷く甘く聞こえたのは気のせいだろうか。


　…もしかして、分かっててやってる？


終


キリ番「２２２２」のリクをこっそり受付したところ、花鳥さまに「ベタ甘な話」とリクを頂きました。
丁度、ホワイトデーの雰囲気に合うのではないかなあ〜と思ったのだけど。
甘い？甘いでしょうか？「ベタ甘」には程遠いかも。お勉強します（苦笑）
さそうゆびさき：２００５０３１４：シアーズ