It is fortunate at it.


　顔を見た途端、前に会ったのはいつだっただろうと考える。
　多分、それはいつものこと。


「すぐに目を通すから座って待っててよ」

　そう言いながらソファーを指し示すと、彼女は壁に据えられた時計をちらりと見やった。
　時間を気にすると言う事は、この後に予定があると言うことだろうか。
　緊急の書類を幾つか片付けたら少し早いランチにでも誘おうと思っていたのだけど…。

　そんなささやかな下心を読んだかのように、パインは呆れたように苦笑した。

「またサボろうとする」
「サボリじゃないよ。息抜きだって」
「どっちも一緒だろ？」

　以前に比べてその回数はかなり減ったが、彼女は時々この部屋を訪れる。
　カモメ団への依頼絡みの公的な訪問が殆んどだけど…。

　今回は完了した依頼の報告書を届けに訪れた。

　議長の僕の管轄ではない書類なのに。

　そうと知らずに執務室に持って来たのか。それとも態と間違えたのか。
　その辺りは読み切れないけれど、どっちだって構わない。

　勿論僕も管轄外の書類だと突っ返したりなんかしない。
　折角やって来た彼女を追い返す…なんてことは。


「春野菜と魚介のパスタがおススメなんだけどな」


　バラライは手元の書類にペンを走らせながら独りごちてみる。
　反応を窺うべく軽く視線を上げてみると、パインはまた時計を見詰めていた。
　何やら少し考え込むような面差しで。

　今日は無理なのかな…と、決して良い結末ではない推測が頭を過ぎる。

　時を刻むように、一つ、二つと瞬く瞳。
　やがてその眼差しが僕を捕らえた。

「そのお店ってここから近いのか？」
「え？あ…うん。すぐ近くだよ」
「じゃあ、５分だけ待つ。それ以上は無理だからな」

　予想していたものとは違っていた答えに、思わずマジマジと彼女を見詰めてしまった。

　…予定があるんじゃないのかい？

　そんな問いが喉元まで出掛かったけど、我に返って必死に飲み込んだ。
　余計なことは訊かない方がいい。


「うん。ちょっとだけ待ってて…」


　パインが小さく頷いてからソファーに腰を下ろしたのを確認して、バラライは新しい書類へと手を伸ばした。

　彼女は時々やって来る。
　微妙で絶対不可侵な距離を保ったままで、決して懐いてはくれないけれど。


　でも、時折ふらりとやって来る。


終


議長とパインの微妙なお話。
Gratitude of applause3：20060531：sears