An appetizing fragrance


　バスルームから出ると、先にシャワーを浴び終えていたパインが腕に何かを塗っていた。
　肌の上に手を滑らせる度に艶めいていく様は妙な色っぽさを感じる。

「何、塗ってんだ？」
「ボディクリームだよ。何だか最近、肌が荒れてて…」

　肘の辺りを撫でるように手を滑らせながら、彼女は困ったように零した。
　極寒の山や熱帯の島、または灼熱の砂漠など…スピラ各地を飛び回っているせいか肌が荒れてしまったらしい。

　俺から見れば、どこが？って感じだ。彼女の肌は、傷跡は有ってもシミ一つない肌理細やかなものに思える。
　顔にも化粧水やら乳液やら色々塗っているし、女の人は色々と大変だな。とギップルは苦笑した。

　パインの傍らに腰を下ろすと、ふわりと、独特の甘さの優しい香りが鼻腔をくすぐった。
　どこかで嗅いだことのある匂いのような気がする。
　ギップルは傍にあった蓋の空いた容器を取り上げてみた。

　ラベンダーの香りが仄かに混じった、シャボンのような…。

「この匂い、どっかで嗅いだことある気がするんだけど」
「前に使ってたハンドクリームと同じ香りだよ」
「ああ、あれか」
「色んな香りのシリーズが出てるけど、これが一番気に入ってるんだ」

　癖の強くない…気持ちまで和らぐような優しい匂いは、確かにパインの好きそうな香りだと思う。
　肩口に顔を近付けると甘やかな香りが鼻をかすめた。

「いい匂いだな」
「あんたも使う？」
「どうせ塗るなら、あんたに塗りたいな」

　赤い瞳をきょとんと瞠らせた後、パインは眉根を寄せた。
　また俺がロクでもないことを考えているとでも思っているんだろう。

「腕で最後だからもう塗るトコなんてないよ」
「お腹とか背中とかは？」
「とっくに塗った」

　もうおしまい。とばかりに拒絶の姿勢で、パインは俺の手の中にあった容器を取り上げてきっちりと蓋を閉めてしまう。

「つまんねぇの」

　口ではそうぼやいてみせたが、実際のところはそれほど落胆していない。
　彼女の体に香りを纏わせていく楽しみはまた今度でだって構わないのだから。
　そんな機会は幾らでもあるし、今は別の愉しみを味わうだけのこと。

　ギップルはパインの体を抱き寄せると、しっとりと潤った首筋に唇を寄せた。
　先程より魅惑的な香りに感じるのは彼女自身の匂いと馴染んだからだろうか。
　嗅覚は味覚に作用するらしいが、どんな味がするか…興味深い。

　軽く舌を這わせた途端に腕の中に閉じ込めた体が強張ったのが伝わってくる。
「こ、こらっ…、やめろって」

「美味そうな匂いなんだもーん」


終

（いただきま〜す）


やっぱり匂いってエロティックなカテゴリーだと思います。
Gratitude of applause33：20101103：サイトＵＰ20110212：sears