Memory ―― The wish which does not understand a whereabouts, either


　何かにつけて構いたがる記録係が洗い晒しの髪にブラシを入れている。
　人の髪を弄って何が楽しいのか、鼻歌まで奏でながら。

「ねえ、ヌージ。ずっと切ってないようだけど、願掛けでもしてるの？」

　単に今まで切る必要性を覚えなかっただけだが、指摘されて初めて、そうだったのかもしれないと気が付いた。
　髪に鋏を入れなくなったのはいつの頃からだったか思い出したのだ。

「さあな」

　どうでもいいことのように受け流すとパインは僅かな間手を止めた後、何かを感じ取ったかのように、ふうん…と小さく零した。

　彼女は丁寧に、そして優しく髪を梳いていく。
　あまりにもやわらかな感触に時折居心地の悪さが込み上げる。


「その願掛け、やめておいた方が良いと思うけど…」
「どうしてだ？」

　問い返したのは単なる好奇心からでしかない。
　誰もが顔を顰め、その意味を問おうとする、この身に絡み付いて離れない願望を彼女もまた苦く思っていることを知っている。
　言葉一つで揺らぐようなものではないことくらい理解しているだろうに、敢えて口にする理由を聞いてみたいと思ったのだ。

「その願いごとだと、ずっと髪が切れない」

　淡い笑い音を含んだような声が、はっきりと告げる。

　取り方によってはどうとでも解釈出来る答えだ。
　願いはいつまでも願いのままであり続ける、と言いたいのか。
　それとも、成就したことが確認出来ない願いだと指摘しているのか。

　どちらにせよ、自虐的な願いなど放棄してしまえと、既に聞き飽きた導きの一つでしかなかったかのように思えて興味は急激に霧散する。
　ヌージは余計なお世話だと返す代わりに、鼻先で嗤った。

「記録屋を廃業して、予言者にでもなるか？」

　あからさまな皮肉をパインは小さな、とても小さな笑いで受け取った。
　背後に立っているのでどんな表情をしているのかは窺えない。
　けれど、淡く零れた息の中に彼女の感情の全てがあるような気がした。


　ゆったりとした手つきでブラシをかけながら、彼女は告げる。

「ねえ、ヌージ。もし…願いが叶ったなら私が髪を切ってあげるよ」


終


アカギの訓練の頃の１コマ。
その結末はいつか訪れる。誰が望むと望まざるとも。
Gratitude of applause20：20081107：サイトUP20090204：sears