☆０９・リミットコンプレックス



　広いベッドの中でそっと息を付く。

　…朝、だ。

　パインは鎧窓の隙間から漏れ入る光が寝台を覆う紗に描く文様を眺めながら、ぼんやりとそう思った。

　ちゃんと眠れたのか分からないけれど、気が付けば朝を迎えていた。
　だが、まだはっきりと覚醒している訳ではないらしい。
　まだ少し霞んでいる思考が、もう少し眠っていたいと訴えている。

　もうちょっとだけ…と、まどろむのが良いのだと、あの男がよく言っているのを思い出す。
　単に寝汚いことへ言い訳だろうと思っていたが、今は何となくその気持ちが分かる。
　今は「もうちょっと…」の制限があるわけでもないし、誰にも邪魔をされることもないけれど。

　ずっとベッドの中で過ごしていても日は廻る。


　もし、望んだ通りの夢が見られるのならば眠りの園へ逃げ込んでも良いかもしれない。


　夢の逢瀬は、自分が夢を渡って会いに行くからだったか。
　それとも逆だっただろうか。

　以前読んだ古典にそんな話が書いてあったことは思い出せるけれど、どんな解釈だったかまでは記憶が辿れない。
　どちらにしても、片方が起きていたら夢を渡って会うことも叶わないだろう。


　…今、何時だろう。まだ寝てるかな。


　浮かぶに任せていた思考に意識を委ねていたが、不意に可笑しさが込み上げて喉の奥が震えた。
　それを認識した途端に、目が冴えた。

　自分があまりにも馬鹿げたことを考えていることに気がついたのだ。
　一体いつからこんな事を過ぎらせるような「夢見がちな女」になったのか。

　吐き出す出口の見つからない感情に振り回され過ぎて、どこか壊れてしまっているのだろうか。

　…きっとそうだ。

　もしかしたら、これが俗に言う「恋煩い」なのかもしれない。

　そう思うと余計に笑いが止まらなくなった。
　くぐもった震えがどんどん湧いてくる。

　どこか自虐めいたそれは、喉元から広がり全身を小刻みに震わせ続ける。
　膝を腕に抱いて、小さく丸めた体を。




　息も注げないほどに続いた笑いをどうにか鎮めたパインは、ゆっくりと大きく息を吐き出した。
　少し強張った身体を解すように。

　そして、クシャクシャのケットの中から手脚を伸ばしてみる。

　温められることなく朝を迎えた白いシーツは少しひんやりとしていた。
　その温度差の分だけ切なさが込み上げ、苦味を帯びた小さな苦笑が唇に降りた。

　夢で会えても温もりは得られない。
　現に戻れば残るのは空しさだけ。

　その、分かりきった現実に。



終



今回の連作はパインたんの乙女度が高い気がするよ（苦笑）
ちなみに和歌などでは自分の事を思っている人が夢を渡って来ると書かれています。
その解釈だと、ギプがパインの夢を見るのは彼女が会いに行ったってこと（！）になりますねえ（笑）
「夢ぢには足もやすめずかよへども　うつつにひとめ見しごとはあらず」…ってことで、早く二人を会わせてあげなきゃ。
☆０９・リミットコンプレックス：２００６１１２５：シアーズ