●08・南の島


 島と言えばビサイドやキーリカが有名だが、ルカから船で西方に数時間行ったところにも小さな島が点在している。
 その殆どは幾度もシンの侵攻を受け壊滅的な被害を被ったようだが、今では復興し…観光客が訪れるようにもなっている。

 その中の一つ…ベルコリナと言う島は、ビサイドより少し大きいくらいだがその趣はまるで異なる。

 ビサイド島が緑豊かな自然の宝庫であるなら、ベルコリナは人工的な匂いが濃い。
 島の建物全ての外壁が白に統一され、空と海の青さの中に映えて姿を現す。
 白い町が強い日差しを照り返して、眩しいくらいだ。

 船着場から海沿いの通りを歩きながら、パインは何度も目を細めた。

「これじゃ…目をやられるな」
 思わずぼやきが突いて出た。
 足を止め、目陰をさして仰ぎ見た空はまだ暫く陽射しが緩みそうにない。


 鮮やかな印象を抱かせる土地ではあるが、殊の外時間はゆっくりと流れているようだ。

 荷車を引いたチョコボが老夫婦に連れられてのんびりと路地を行く。
 日陰では猫が大きな欠伸をしながら我が物顔で寝そべっている。

 ベルコリナ…美しい丘と呼ばれる島は、そんな穏やかな場所だった。



 緩やかな時の中の光景を眺めながら、パインはふと気がついた。

 降り立ったは良いが、今後の予定を何も考えていなかったことに。
 どうやって過ごすかはあの男と相談して決めるつもりだったのだ。

 休暇は今日を含めて五日もある。
 島のことは多少調べてあるし、取り敢えずは散策…と言ったところか。

「…だとしたら、身軽な体と地図だな」

 宿泊用の重たい荷を担いで歩き回る必要は無い。
 パインは聞いていた宿に向かうべく、路地を一つ折れた。


 『海沿いの道から入って暫く行ったところに小さな雑貨店がある』
 『軒に張り出した青色の日除けが目印』

 記憶している男の言葉に導かれて、パインは開け放たれている入り口を潜った。

「いらっしゃいませ…」
 中に入ると、店の陳列棚の整理をしていた少女が迎えてくれた。

「こちらで管理している宿を予約している者だけど…」

 教えられた通りの言葉を伝えると、彼女はちょっと驚いたように瞳を瞠った。
「ヴィラのお客様?」

「そうだけど…?」

 驚かれる理由が分からずに問い返すと、少女は慌てたように頭を振った。
「あぁ…、ごめんなさい。アルベドの方だって聞いていたものだから」

 彼女の視線が私の肩越しの向こうをちらりと窺ったのが分かった。
 恐らく、客は二人連れだとも聞いていたのだろう。

「生憎…連れは都合が付かなくなってね」


 遅れて来るとは言えなかった。
 あやふやな期待を口に出来るほど、気持ちの整理はついていなかったから。


「そうでしたか。残念ですね…」


 同情めいた苦笑が胸をジリジリと苛む。
 その眼差しから早く逃れたかった。
 自分が可哀想だと思いたくも思われたくもなかったから。


「そうでもないよ。お陰で気ままに過ごせるし…」
 ここで宿の鍵を貰えると聞いてきたのだけど…と、パインは再び教えられた台詞を強引に続けて表情を繕った。

「ええ、ちょっと待っててくださいね」
 少女が内心を察したかどうかは分からないが、明るい笑みを取り戻した彼女は店の奥へパタパタと消えていく。

 小さな店内を見回すと、日用雑貨や食料品などが所狭しと並んでいた。
 ついでに何か買っていこうかと物色していると、少女が先程の勢いそのままの足音を立てて戻ってきた。

「お待たせしました。あの…こちらにサインを頂けますか?」

 レジ台越しに差し出された…小さなプレート型のキーフォルダーが付いた鍵と一枚の書類。
 その代わりに私は水入りのボトルとティーバッグのお茶、箱入りのクッキーを彼女へと差し出した。
 印刷と手書きとが入り混じった書類に目を通して、ペンを走らせる。

「…島の地図は置いてる?」

 ありますよ…と答えた少女はレジ脇の棚を指し示した。
 その手の動きに誘われて視線を巡らせたパインは、地図が並ぶ棚脇の一点に意識を奪われた。

「初めていらっしゃったのなら少し詳しいタイプの方が良いと思いますよ。上の方は道がかなり入り組んでいて迷子になられる方が多いんです」

 少女の親切を頭の半分で認識しながら、それを見詰めていた。
 普段なら気にも留めないような、どこにでもある物なのに目が離せなかった。

 一巡の葛藤の後、小さな苦笑が降りる。

 パインは彼女が薦める地図を引き抜き、そして…その箱に手を伸ばしていた。





 島の南西側に位置し、海が望める小高い地区は古い民家を改装したプライベートヴィラが点在しているらしい。
 今回泊まるヴィラのオーナーは「客が望まなければ立ち入らない」スタンスらしく、食事のデリバリーやベッドメイク、掃除などは
依頼しなければやって貰えない。
 休暇を別荘や別宅で過ごす…と言う、ヴィラ本来の意味を満喫出来る場所なのだろう。

 パインは少女の案内を断って、印を入れて貰った新しい地図を頼りに通りを歩いた。
 緩やかに上る坂道を抜けて、高い石垣の狭い小道に入り、更に奥へと進む。

 再び開けた先には港町とはまた違う趣の街の光景が広がっていた。
 民家の庭先から枝を伸ばした木々や植え込みに咲く鮮やかな色の花が、白い路地を彩っている。
 どこか長閑さを抱かせる街並みだ。

 軒先を一つずつ確認しながら歩いていると、玄関脇の白壁に打ち付けられたプレートに鍵と同じ文字が刻まれた家を見つけた。

 『ハヴェリ』 …と。

 持ち主の名なのか、それとも何か特別な意味を持つ言葉なのだろうか。
 迎えてくれたのはまるで白い箱のような、聞き慣れない響きの名を冠した一軒家。

 パインは手にしていた鍵を使って錠を解き、そっとその扉を開けてみた。


 建物に中は外の暑さに比べて少しひんやりしている。
 足音が妙に響くような気がするのは、静けさのせいだろうか。

 淡い緊張と軽い興奮が入り混じって胸を弾ませる。
 まるで未知の場所に踏み込んだ時のように、ちょっとドキドキしていた。


 先ずは一つ一つ扉を開けてみよう。

 最初に開けた先は、天井を走る梁と同じ…シックな色合いの調度品で纏められたミニキッチン付きのリビングダイニングだった。
 贅沢なほど広々した空間に、木縁の鎧窓の隙間から淡く陽射しが漏れ入っている。

 そこから先は壁を刳り貫いたようなアーチ型の通り抜けと二つの扉。

 カーテンで仕切られるようになっている続き部屋はベッドルームだった。
 そこにあったのは、三人は余裕で寝られるのではないかと思うくらいのキングサイズのベッド。
 天井から吊るされた天蓋からはレースで縁取りをされた純白の薄い紗が下りている。
 虫除けの蚊帳代わりなのだろうが、何とも優雅な代物だ。

 リュックなら目をキラキラさせて大興奮なんだろうな…と、思わず苦笑が零れた。


 ベッドルームの大きな鎧戸を開け放つと、部屋いっぱいに光が溢れた。
 涼やかな風が体を取り巻き、流れ入る。

 目の前のテラスの向こうには、エメラルドグリーンの海が広がっている。

 パインは凪いだ海面に照り返す煌きに目を細めた。

 見晴らしの良さは、このヴィラが海への斜面に建っているからだろう。
 耳を澄ましても聞こえてくるのは潮音だけ。
 港町からそれ程離れていないはずなのに、驚くほど静かだ。



『きっとパイン先生も気に入ると思う』

 自信満々にそう言っていた男の声が耳の奥に過ぎる。

 その瞬間、一人ここにいる現実に改めて気付かされ、先程まで胸に溢れていた感動めいた感情が急激に萎縮していった。
 船に乗ってからずっと、勝手に現れては疼くような痛みを残して消えていく。
 その度に懸命に打ち払っていたけれど、既に自分の中に棲みついているものを消せはしないのだと気がついた。

「確かに素敵な所だけど…」

 聞く者のいない…届かない答えは、最後には吐息となって潮風に舞った。
 どこまでも青く澄んだ空へと…。





島の名前やイメージは勿論捏造ですが、ルカの北西辺りには島が点在しています。一応、スピラの南方の島…ってことで(苦しいなあ)
島の明るい雰囲気にちょっと気分復活しそうだったけど、でも思い出しちゃったら心中複雑なパインたん。
さて、今頃ギプはどうしてるかしら?
●08・南の島:20060807:シアーズ