＊注意！＊
今回もいつもよりやや大人向けの話になっています。苦手な方はこの場でＵターンを。
ご覧になった後の苦情は一切受付ません。ご了承頂いた上でスクロールして下さい。
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△０３・酔い
情けない…とでも零すかのような、可愛らしい響きが聞こえた。
どこか甘えが鼻にかかったようにも、子犬が切なそうに鳴く声にも似ていた。
「大丈夫か？」
ギップルは銀糸の髪を覆ったタオルの動きを止めて、問いかけてみた。
俯いたままの彼女は小さく頷くだけで答える。
漏らした溜息はどんな意味のものなのかは分からない。
少しだけ顔を上げて窺うように視線を当てられて、思わず苦笑が誘われる。
頬が上気したままなのは湯あたりのせいなのか、照れ臭さ故なのか。
パインの長湯は今に始まったことではないが、立ち眩む程に逆上せたのは初めてだ。
頭から泡まみれになって咳き込む彼女を見た時には一瞬唖然としてしまった。
だが、扉向こうから聞こえた音と目の前の光景から何が起こったのかは何となく飲み込めた。
直ぐに動けないことは見て取れたから、バスタブの栓を抜いて花の匂いが溢れた湯を流し、シャワーのバルブを捻った。
降り注ぐ湯に白い包みが溶け出し、生まれたままの姿が現れていく。
不安そうに身を縮めながら涙目で見上げられ、ちょっとゾクゾクしてしまったのは伏せておこう。
状況が状況でなかったら、不埒な思惑が巡っていたことだろう。
やがては自己回復することは分かっていた。
だが、そのまま放置する訳にもいかず、ほんのりと染まった白い肌をバスタオルで覆い、雫の滴る髪を拭き出した。
僅かな躊躇は見せたが、彼女はされるがままに大人しくしていた。
バスルーム中に満ちた芳香。
優美に甘く、そしてどこか柑橘類のような爽やかさを感じる匂いだった。
最近のお気に入りらしいが、普段はあまり使わないのだとか。
何故なら、何とかと言う香りの主成分が開花したばかりの花からしか抽出できないらしく、コストもかかる上に
その抽出量も驚くほどに少ないと言う…高価な代物だからだ。
値段を聞いた時には思わず唖然としてしまった。
スフィアハンターってのはそんなに稼ぎが良いのかと…過ぎったのを覚えている。
だが、普段使いをしない辺りは少々背伸びの買物だったのだろう。
優雅な贅沢を楽しむのは結構なことだが、その間一人寂しい待ちぼうけを食らうのは部屋の主の俺だったりする。
「これで懲りただろ？今後…長湯は禁止な」
苦笑交じりに声をかけるとその顔に不貞腐れたような感情が過ぎるのが分かった。
意地悪…と、上目遣いの眼差しだけで訴えられて、つい甘やかしてしまいそうになるのは惚れた弱みってヤツなのかもしれない。
この人は無自覚に可愛らしいから本当に困る。
ギップルは浮かんだ考えに笑みを閃かせ、湿り気を帯びた銀糸の髪を優しく撫で付けた。
そして、露わになった耳に唇を寄せてそっと囁く。
「一緒に…だったら、構わないけど」
ふるっと小さく身を震わせたパインは、思い出したように肩から纏っていたバスタオルを掻き合わせた。
晒していた肌を少しでも隠して守りを固めているつもりなのだろうが、逆効果だ。
顔を覗き込みながら滑らかな頬のラインをするりと指先で辿ると軽く睨まれた。
今の俺はさぞ愉しそうな顔をしていることだろう。
彼女からすれば、碌でも無いことを考えているようにしか見えないだろうけど。
パインは何かに耐え切れなくなったかのように据えていた眼差しを逸らした。
そして、また困った顔をしてちらりと窺ってくる。
こんな時の彼女はどこか子供っぽくて、つい笑ってしまいそうになる。
仮面を被り損ねた無防備な面差し。
化粧を落とした顔が普段より幼く見えるせいもあるのだろうけれど。
やがて浮かんだ…気恥ずかしそうな微苦笑の後、ゆるりと変化が始まった。
まるで花の蕾が綻んでいくのを見ているかのようだった。
漂う香気を取り込んで、纏う気配を変えていくかのような錯覚さえ覚える。
気がつかないうちに心拍数が上がっていた。
呆然と見詰めていたことに気が付いたのだろう。
不思議そうに瞳を瞬かせて見返してくる。
小首を傾げる。
そんな仕種ですら誘われているような気がしてならない。
ふと頭を過ぎった考えに自身瞠目した。
今の彼女はどんな味がするのだろう…と。
喉の奥がゴクリと音を立てた。
ゾワゾワと邪まな感覚が這い上がってくる。
いつもどこかにこびり付いて離れない冷静さが、ギリギリのところで理性を踏み止まらせている。
…何だって急に。
「どうかした？」
「べ、別に？…ほら、湯冷めするからもうあがれよ」
「えっ？うん、そうする」
取り繕うような口調に少し怪訝そうな顔をしたものの、パインは掻き合わせたバスタオルを片手で保ちながら空いた手を差し出してくる。
俺が拒まないことを分かっているかのような自然な動作だった。
確かに、その手を拒むはずがない。
いや、拒めるはずがないのだ。
でも、どこか一線警戒をしているようなものが頭の中で囁く。
「…あの、ごめん。手を貸してくれる？」
彼女は俺が焦りにも似た葛藤を抱えているなど想像もしていないのだろう。
「あぁ、悪い」
ギップルはその差し出された白い手を取り、ゆっくりとその身を引き上げた。
腰を抱いたのは彼女がバスタブを跨ぐ時のバランスを保とうとした以外…他意はなかったはずだった。
だが、それは結果想像以上の効果を齎した。
バスタオル越しにでも分かるその身の柔らかさ。
その下にある肌の感触を添えた手が覚えている。
普段より激しく弾む鼓動がどんどん思考能力を奪っていく気がする。
腕の中のまろやかな肢体からも。
湿り気を帯びた髪からも。
優美に甘く匂い立つ。
息をする度に体温が上がっていく気がする。
無意識に逃すまいと腰を抱く手に力が入っていた。
「…ギップル？」
微かに身を竦ませたパインは戸惑ったような顔で顔を覗き込んでくる。
幾度か瞳が瞬いた後、彼女はふっ…と軽く面差しを綻ばせた。
拒絶もなく、侮蔑でもない。驚きも呆れもそこにはなかった。
でも、分かる。
それはまるで全てを察したかのような微笑みだった。
別に疚しいことでも何でもないはずなのに…考えように拠ってはそうなのかもしれないけれど…何故だか羞恥を覚えて顔が熱くなる。
「い、いつまでそんな格好でいるんだよ。早く服着ろって」
「手を離してくれないと無理」
「えっ？あぁ…」
自分でも分かるくらいかなりマヌケな声が漏れた。
思考が空回りしているらしい。そんなことすら思い浮かばないなんてどうかしている。
…何だってこんなに緊張してるんだよ！
パインは小さく肩を震わせてクスクスと笑いを立てた。
「おかしなヤツだな。さっきまでの余裕はどうしたんだ？」
「煩いな。そんなこと言ってるとマジ襲うぞ」
今更我慢などする必要など無いはずなのに、躊躇を覚えるのは何故だろう。
本能は食らいつきたいと訴え、理性は警鐘を鳴らす。
グルグルと巡る葛藤に、喉の奥から呻きが漏れた。
一瞬目を瞠ったパインは、ややあって、どう判断して良いのか分からない微笑を浮かべて身を伸び上がらせた。
吐息が唇に触れ、芳しい香りが鼻腔を擽る。
鼓動が踊った。
思考が麻痺してしまいそうなほどに。
脳髄が蕩けてしまいそうなほどに。
甘美な誘惑。
知らぬ間にこの香りに囚われていたのだと思考の一片が気が付いたが、もう遅い。
「…ちょっと意外」
聞こえた言葉はあやふやな記号となって頭を素通りする。
その意味を考える余裕など既になかった。
拒めるはずがないのだ。
ギップルは誘われるがままに唇を寄せていた。
唇で、舌で、極上の…当に甘露の味に酔いしれる。
腕の中にあるは、匂やかに咲く…花一輪。
終
最近こんな話ばかり（汗）連作の内容はちっとも進んでおりません。
前話を書きながらパインたんのバスジェルはどんな香りかなあ…と色々考えた末のこんな話。
「イランイラン」はちょっとセクシー系過ぎるかな？ってことで「ネロリ」な感じにしてみました。（イランイランは男性より女性の方が効果高いらしいですけど、ネロリはどうなんだろ）
△03酔い：２００６０３２７：シアーズ