*注意!*
 今回はいつもよりやや大人向けの話になっています。苦手な方はこの場でUターンを。

ご覧になった後の苦情は一切受付ません。ご了承頂いた上でスクロールして下さい。





















★01・夢の痕



 時に目覚めると傍にある温もり。
 穏やかに繰り返す寝息。

 薄目を開けたそこには見慣れた光景。


 相手の寝顔を眺めることができるのは、先に起きた者の特権だろう。
 枕に半分顔を埋めて無防備に眠る面差しは、いつもどこか子供っぽい。
 微笑ましくも思える…なんて言ったら、彼はどんな顔をするだろう。



 密やかな楽しみに暫し浸っていたパインは抱き留めるように伸ばされている腕からするりと抜けて、
まだ少し気だるい体を起こした。

 ケットが捲れた拍子に現れたギップルの肩口に、見慣れないものを見つけた。


 肌の上に走る、掻き毟ったような幾筋もの跡。


 それが何だか分かった瞬間、思わず頬が熱くなった。

 淡い仄明かりの中では気が付かなかったが、恐らく自分が付けたのだろう。
 蚯蚓腫れのようになったそれは微かに血が滲んでいる。

 そんなに強く引掻いたのだろうか。


 パインは身動きすら忘れてその傷を見詰めていたが、ふと溜息を付いた。


「あんたが、悪いんだからな…」

 責任転嫁以外の何ものでもないが、思わずそんな呟きが漏れてしまう。


 こんな関係になって何度も一緒の夜を過ごした。
 でも、こんな傷を負わせたのは初めてだった。
 昨夜がいつもと何が違っていた訳でもないのに。
 うつらうつらしながらパジャマを纏って、ケットに潜り込んだのもいつものこと。


 パインは視界から隠すようにギップルの肩口をケットでそっと覆った。
 隠してはみたものの、やはりその存在が気になってしまう。




 深く暗い闇の淵に堕ちる間際…無意識にこの人の背中に縋る。

 現でありながら、夢のような刹那。

 熱いうねりに全てを委ねて、溺れてしまえば楽だろうに。




 まだ熟睡中のギップルの顔へちらりと視線を向けて、パインは何度目かの溜息をついた。
 そして、先程かけたケットをそろりと捲ってみる。

 強く残っているのは多分、右手の中指と薬指の跡。
 剣を握る時に一番力を込める指だからその癖が出たのだろうか。




 意識を手放すことに恐怖を感じ、その温もりに手を伸ばす。

 心は浅ましくも愚かしくも、その先にある深みを望んでいながら。
 思考が引き摺り込まれることを抗い、悲鳴をあげる。




 赤い筋にそっと指先を這わせてみるが、皮膚が裂け微かに盛り上がっているのを感じて思わず手を引っ込めてしまった。


 寝息が途切れて聞こえた微かな呻き。
 ふと眉間に皺が寄るのが分かった。
 傷に触れば痛いに決まっている。

 不満げな表情のまま、一つだけの緑の瞳がうっすらと現れる。


 ギップルはすぐ傍で覗き込んでいた私に気が付くと、少し驚いたように瞳を瞠った。

 眼差しが交錯したまま動けなくなった。



「どうしたんだ?」

 黙ったままである事を怪訝に感じたのか、彼は僅かな苦笑と共に問う。




 落ちる、堕ちる夢の淵。

 刹那…意識も思考も、満ちた無に飲み込まれて。


 現にありながら、そこに無い。

 夢のようでありながら、ここに有る。

 想いも情も本能も、
 全てが溢れ、全てを奪われる…閃の刻。




 肌を弄るように這い上がるは甘い痺れ。
 再び顔が火照っていく。


「何もないけど?」


 結局それ以上の言葉が見つからずに寝台から降りようとしたが、胴に腕を絡められ引止められた。

「そんなめちゃめちゃ可愛い顔をしてて、何もないはないだろう?」

 そんな表現するのはこの男くらいだ。
 この男の審美眼はどうなっているのか、時々疑いたくなる。
 片方しかない目も節穴かと…いつもなら皮肉も言えるのだが、今朝はそんな言葉さえ声にならない。



 するりと動かされた手に、そして記憶に触発されてひたひたと寄せようとしている漣。

 今朝に限ってどうしてなのだろう。



 まるでそれを察したかのようにすっかり機嫌が良くなったギップルは、私の体を引き寄せて腕の中へと収めてしまう。



「ほら、素直に言ってみな」

 耳元で囁かれる声に微かに体が強張る。
 熱い吐息と共に何度も名を呼ばれたあの声に似ていたから。

 そんな事をされたら益々言えない。
 頬どころか全身が熱くなっていくのが分かった。

「何も無いってば、離せって」
「そんな真っ赤な顔して、よく嘘がつけるな」

 この口は…と、呆れまじりの声と共に唇が塞がれる。
 しっとりと押し当てられた感触に鼓動がどんどん逸っていくのを感じてしまう。

 その唇が頬から首筋に触れようとしている事に気がつき、パインは慌てて身を捩った。
「わ、分かったから…」


 ギップルは一瞬「つまらない…」とでも言いたげな表情を浮かべたが、それでも顔を覗き込んでくる。

 消えない躊躇に無言の促しをされ、パインは恐る恐る手を伸ばしてその肩口から背中へと指を辿らせてみる。

 小さく身を竦ませたのが直に伝わってくる。
 眉を寄せて微かに息を飲んだのが分かって、思わず指を離した。



「…その、ごめん」

 何に対して謝られているのか分からなかったらしい。
 緑色の瞳が不思議そうに二つほど瞬いた。
 やがて全てに気が付いたのだろう、ニヤリと笑みが口の片端に浮かぶ。


「いつやられたのか気が付かなかったな」


 その傷がどんな意味を持つのか。
 それを知られたことへの羞恥に、視線を逸らさずにはいられなかった。

 小さな苦笑と共に、手が髪を何度か撫でていく。
 指先が頬を優しく掠めていく。



「…まあ、こう言うのはお互い様だろ?」

 何がお互い様なのかが分からずに、逸らしていた視線を戻してしまった。
 その瞬間に目に飛び込んできた、愉しげな色を帯びている緑の眼差し。

 彼の指先がパジャマの胸元を軽く引いた。
 傷を辿る仕種とは明らかに違うその手つきに、パインは自分の胸元を見下ろした。

 肌蹴られたそこに散る、深い淵へと誘われた痕。


「…莫迦」

「言うと思った」
 ギップルは悪戯っぽく笑って、胸元に顔を埋めると残した痕を唇で辿り始める。


 鼓動がトクンと跳ねる。
 肌がざわりと粟立った。


「ちょ、ちょっと…」
「起きるにはまだ早いだろ?」
「早くない。ば、莫迦。朝っぱらから何考えてるんだよ」

「そりゃ…勿論、パイン先生のご想像通りのこと」

 笑い音を含んだ囁きが肌に触れて、無意識に身が竦んだ。
 力強い腕が腰を絡め取り、掻き抱かれる。

「もう…」

 呆れを溶かし、諦めを滲ませた溜息と共に金糸の髪を軽く引っ張ってみる。
 抵抗にもならない抗議に、彼は微かに身を震わせた。
 どうやら笑ったらしい。

 ふと微かな自嘲が込み上げ、唇に浮かんだのは一瞬のこと。
 一つ一つ辿る唇から与えられる小さな熱に、震え耐え切れぬ吐息が溢れ落ちた。



 現にありながら誘われ、
 眠らぬままに堕ちる…忘我の夢。


 やがて私は、その痕の残る背中にゆるりと手を彷徨わせた。







注意書きに色んなことを期待した方はごめんなさいね。この手の話には表記が必要かと…。
相変わらず内容の無い話で申し訳ない。単にイチャイチャ話が書きたかっただけ〜の短編だったり。
★01・夢の痕:20060302:シアーズ