９４・長い道のり


　開け放たれた扉の向こうにあったのは、まっさらな白い光景だった。


　ギップルは思わず耳を疑ってしまった。
　マジマジと見詰めているとパインは怪訝そうな顔をした。

「どうした？」

　そう問われても何と答えて良いのか、言葉に窮してしまう。

　パインにとって自分は、仲間以上の存在ではないのだと確認したばかりで。
　それでも触れても良いのだと言う言葉を額面通り受け取って良いのかすら分からない。

「パイン先生。意味…分かって言ってる？」
「他に意味があるのか？」

　あるはずもない。こちらの欲求は既にパインも分かっているはずだから。

　正直…躊躇は覚える。
　だからと言って、目の前に差し出された極上の食事を見逃すには惜し過ぎる。

「ほんと…に？」
「その気が失せたとか、言うなら別に…」
「そんな事無い」

　ギップルは遮るようにそう断言して、添えられたパインの手をそっと捕らえた。
　引き寄せた指先に唇を寄せてみる。
　指先は微かに強張りを見せたがそれ以上の抵抗はなかった。

「…くすぐったい」

　小さく呟いた唇に口付けを落とし、銀糸の髪を何度か梳いてみると、緋色の瞳がそっと微苦笑を浮かべた。

「何？」
「あんたになら触られても、大丈夫みたい」

　唇に触れた吐息がそう聞こえた。

　気まぐれで…なのだろうか。
　それとも少しは違う意味で好いて貰っていたと言う事なのだろうか。疑問は沢山駆け巡る。

　だが、パインは抵抗する様子さえ見せない。

「…明かりを」


　小さく聞こえた声。
　消して欲しいのだと分かってはいたが、何も見えない闇にしてしまうには惜しい。
　だが無碍にするつもりも無かった。

　薄明かりにも浮かび上がる白い肌を纏った肢体。
　ギップルは自分の鼓動が早くなっていくのが分かった。
　服の裾から差し入れた手をゆっくりと滑らせていきながら腕の中にいる存在を確かめてみる。


　この肌に触れることが出来るなど思ってもいなかった。


　素直に幸運だと喜ぶべきか、それとも…



　どこから始まるのか分からない。
　どこへ行こうといているのかも。



　ただ触れ合う温もりが…全てだった。








　まるで子供のように体を丸めて、静かな寝息を立てている。涙を零したせいなのか少し目元が赤い。
　泣き疲れて眠ってしまった子供のようだった。
　ギップルはそんなパインの寝顔を眺めながら、そっと溜息を零した。

「どう言うつもりなんだか…」

　まさか初めてだとは思いもしなかった。

　そうして良いと言われた時は、既にお手付きなのだと思った。
　そう思い込んでしまっていた。


　ならば…何故？


　独りごちた声に刺激されたのか、パインはピクンと小さく身を竦ませた。
　起こしてしまっただろうかと、暫く様子を窺っていたが目を開ける気配はない。


『…もう、終わりで良いの？』


　酷く疲れた様子で彼女が問いた言葉は、漸く解放してくれるのかと問う意味のようだった。
　快楽に酔うと言うよりは恐怖との戦いだったのかと思うと…やりきれない気分になったが、頷いた。
　パインはホッとしたような顔をして、直ぐにウトウトと瞼を落としてしまった。
　時折、思い出したように身を小さく震わせて微かに眉を寄せるが、目を覚ます様子はない。

　遊びや気まぐれでなど…初めての女がするとも思えない。
　でも自分は恋愛対象外のはずで。

　それなのに…何故。身を委ねたりしたのだろう。
　こちらが望んだとは言え、従順に叶えてくれるような女だとは思えないのに。

「ホント、誤解しちまうぞ？」

　まるで眠りながらも周囲の気配を探っている猫みたいに、またパインは小さく身を竦ませた。
　これで良く動く耳が付いていたらピクピクと動かしているかもしれない。

　ギップルはこれ以上眠りを邪魔しないように、毛布の中へと潜り込んだ。


　夢のような一日だった…と思う。
　だが夢ではないのだと傍にある温もりが教えてくれる。

　今はまだ…それだけ。

　でも、今答えが見付からなくても焦る必要はないのだと…ギップルは思った。
　これから先、どこかでその答えが見付かるだろうから。


　いつのまにか…嵐は過ぎ去っていた。



終



元ネタからかなり削って、何とかＵＰ。二人の恋人への長い道のりのスタート。
ギプは美味しい思いをした分だけ、暫く悩んで貰いましょう。
お題94・長い道のり：２００４１２１２：シアーズ