７９・やればできる


　まるで珍獣になった気分だ。


　パインはテーブルに頬杖を付いたまま、軽く溜息を付いた。

　興味津々…と向けられる遠慮も無い幾つもの視線。
　いちいち腹を立てるのも馬鹿馬鹿しいとは思うのだが、鬱陶しくて不快だった。



「パイン先生。お待たせ」

　食事のプレートを両手に、ご機嫌な様子でギップルがテーブルへと戻って来た。

　マキナ派の食事のスタイルは、アカギの頃の配給に似ている。
　それぞれ決まった量の食事が配膳係から支給されるのだ。
　品数も質も雲泥の差があるのは確かだが、何となく懐かしい気分にさせられる。

　あの頃の朝の日課と言えば…


　パインは目の前に置かれたプレートを向かいの席に座ったギップルの方へと軽く押し出した。

　それを見て、一瞬不可解そうに瞬いた隻眼の緑。
　ややあってどこか擽ったそうに微苦笑を帯びた。
　意味が分かったらしい。


「パン一個とハム貰って良いか？」
「ポテトも半分良いよ」
「相変わらず食が細いんだな」

　ギップルはそう言いながら、パインのプレートから自分の方へと移していく。


「あんたと比べるなって」

　少々増えたギップルのプレートを見ながらパインは苦笑を返す。

　恐らくこの男はあっという間にペロリと平らげてしまうだろう。
　それどころか、足りない…と言い出すかもしれない。


「しっかり食わねえと体保たねえぜ？」


　訓練の頃もそう言っていた。
　パインにはとても口に合わなかった食事でも文句も言わずによく食べた。


「…と言うより、あんたは単に食い意地が張っているだけのように思えるけど？」
「ちっとも喰わないくせに、剣振り回してるんだから不思議だよなあ」

　よく体が保つもんだ…とギップルは感心したような声をあげる。

「充分摂っているつもりだが？」
「それでか？信じらんねえ」


　…信じられないのはこっちだ。


　朝から晩まで精神的にも肉体的にも活動し続けていた訓練の頃ならまだしも、多量の食料を摂取して太らないのが不思議だ。
　この栄養分は一体どこへ行ってしまうのだろう。
　彼に限らず、リュックもアニキたちも似たようなものだ。
　アルベド族と言うのは総じてそう言う身体機能をしているのだろうか。


「まるで燃費の悪いマキナだな」


　その例えが気に入ったのか、ギップルは愉しげに笑いを零す。

「おっ？それって俺だから言う皮肉？」
「…さあね」


　つられたように…無意識に微苦笑を返した瞬間、知覚の膜に幾つもの視線が矢のように突き刺さる。
　パインは咄嗟に細めた視線を宙に滑らせながら、パンを勢い良く引き千切った。
　威嚇だと伝わったらしく、一瞬の内に視線の束が霧散する。


「ピリピリしながら飯食ったって美味くねえぜ？」
「あんたよりデリケートに出来ているものでね」


　やっぱり朝食くらいは部屋で摂りたかった。
　こんな状況で落ち着いて食事など出来るはずがない。

「そのうち、あいつらも気にしなくなるって…」



　それはどうだろうか。下世話な好奇心などと言うものは世の中枯れる事などない。

　自分から見れば元アカギ候補生で、戦友たち。
　大衆から見ればスピラの三大派閥のリーダーたち。

　彼らの低俗なゴシップネタの噂は後を絶たない。
　その真偽のほどに興味はないが、目の前にいる男もその例外ではない。
　さぞ、歴代の恋人は苦労をした事だろう。

　まるで他人事のような感想を過ぎらせながら、パインはプレートに乗ったマッシュポテトをフォークで掬った。



「まるで珍獣扱いだな」
「確かにパイン先生って感覚開きっ放しだし動物っぽいよな？しかもかなり物騒な」
「随分な言い様だな。あんた、私を何だと思ってる訳？」


「俺のカノジョ」


　まるで問いを予期し、用意していたかのような明快な答え。
　しかも満面の笑み付きだ。

「えっ？」

　口に運ぶ途中、急に動きを止めたフォークの上からポテトがぽろりと落ちてしまった。
　その反応が不満だったのか、ギップルは一つ増えたパンを齧りながら眉を寄せた。

「違うのか？」


　確かにそれは間違いではない…かもしれないけれど。


　言葉を失ったまま交錯する眼差し。


　ギップルは明らかに答えを待っている。
　彼だけでなく、周囲の連中も様子を窺っているのが伝わってくる。

　まるで、セルシウスでの再現のようだ。

　パインは耐え切れなくなって、目の前に置かれたプレートへと視線を落としてしまった。


　その次の瞬間、目の前で苦笑めいた溜息が聞こえた。

　物凄く居心地の悪い間が降りた。
　手にしたフォークがゆらゆらと所在無く揺れる。




　落ちたままの視界の端からそれと同じものが伸びて来て、ほうれん草入りの卵焼きを掠め取っていく。
　その動きに呆気に取られて思わず顔を上げると、先程とは違う色を帯びた眼差しに行き当たった。

　戦利品を口に運びながら、至極…満足そうに綻ぶ瞳。
　どうやら顔を上げさせた事に成功して嬉しいらしい。
　こんな子供じみた策に引っかかる自分が情けない。
　彼のテンポに簡単に、しかも何度も振り回されて、腹立たしいやら悔しいやら。



「勝手に取るな。莫迦」

　悔し紛れの苦言に、ギップルは改した様子も無く肩を竦めただけだ。


「だって、ちっとも食わねえんだもん」

　胸の内に湧き上がるのは、正体が掴めないままの不可解な気持ち。
　何だか分からないままに、ホッとしている自分がいる。
　でも、素直に認めるのは癪に障るから…


「覚えておけよ？」
「何？パイン先生でもやっぱり食べ物の恨み〜とか言う？」


　間の抜けた問いを沈黙で返すと、今度はギップルの動きが固まった。
　怪訝そうに、そしてどこか不安そうに眉を寄せたのを見届けて、パインは口の端を軽く持ち上げた。

　さぞ物騒な微笑に見えたのだろう。
　ヒクッ…と片頬が微かに引き攣ったのが分かった。




「…太ったら振るからな」



終


久しぶりのＵＰなのに、こんな話で申し訳ないっ！（汗）今回やられっぱなしのパインたんのささやかな逆襲。
結局、話が締まらないままだなあ。もう１本必要かなのかしらん。
お題７９・やればできる：２００５０７１７：シアーズ