*注意!*
 今回はいつもより大人向けな話になっています。苦手な方はUターンを。
 (しかも、無駄に長いです。ホントに長いです!)


ご覧になった後の苦情は一切受付ません。ご了承頂いた上でスクロールして下さい。



















62・素朴な疑問



 凄く眠たい。

 魔物相手に剣を揮ったって、こんな疲労感は覚えないのに。指先を動かす事すら億劫だ。

 熱りが消えない体を横たえて、パインはゆっくりと呼吸を繰り返す。
 乱れた髪を梳くように撫でていく…指の心地良さも手伝って、まどろみが満ちてくる。
 不意に、余韻に浸る体が先程までの熱を思い出したように小さく震えた。
 それを宥めるように大きな手が肌を摩ってくれる。

「眠たそうだな」

 小さく笑った気配に、誰のせいだ…と反論したかったが、それも叶わない。
 そんな事より、意識を眠りに委ねてしまいたかった。
 応えない事が答えなのだと分かるだろう。



 微かな微かな刺激がまどろみを波立たせていく。


 曖昧な感覚では、あれからどれだけの時間が経ったのか分からない。
 膜のかかったような感覚で捉えたのは慣れた気配。
 危険は何も無いのだと、意識が告げる。

 刺激を受ける体だけが小さく痙攣した。


 そこが夢なのか現なのか分からない中で繰り返される。
 眠りに沈んでしまいたいのに、細波がそれを阻んでいる。

 不快にも不満にも思えて、感覚を押し広げた瞬間…心地良さを邪魔するものが何か分かった。

 手…だ。

 そして、首筋に落ちたそれとは違う感触。



 息を飲んだ拍子に私はまどろみから弾き出されてしまった。
 瞼を開けた途端に飛び込んできたのは、淡い灯を弾く金糸の髪。


「何してるんだよ」

 大いに不満…と声音で分かる、呻きのような声が零れ落ちる。
 パインは目の前にある頭を気だるい腕で押しやった。

「…何って、分かってる癖に」

 抵抗を物ともせずに悪戯っぽく笑みを刷く顔が間近に近づいてくる。
 確かに、こんな事をされる意味を分かっていない訳ではない。

 …そうじゃなくて。

 パインは、懲りずに遮られた行為を続けようとしている男の頭を掌で叩いて、先程よりも力を入れて押し退ける。

「やめろって。莫迦」
「だって、したいんだもん」

 甘えるような、それでいて愉しそうな声が耳元で囁いてくる。
 声と共に吹き込まれた吐息に、消えかかっていた燻りが微かに煽られる。

「したいんだもん…じゃない。私は眠たいんだ」
「冷たいなあ」

 どこがだ…と、思わず毒付きそうになった。
 一度では足りず、二度も相手をしてやったはずだ。

 不満は不安と連鎖し、疑問となって弾ける。


 …何で、こいつはこんなに飢えてるんだ?


 最初の頃はそんな事なかった。
 気だるい体を労わってくれるように柔らかく腕で包んでくれた。
 知らないうちに眠りに落ちていた事だってある。

 なのに、最近はいつも、いつも。

 一度だけでも、気力も体力もかなり消費されると言うのに。
 まどろみの中を心地良く漂っていると、まるでそれが気に入らないかのように意識を引き戻される。


「私は、あんたのせいで、もうクタクタなの。分かる?」

 言い聞かせるように言ってみれば、ギップルは不満そうに眉根を寄せる。

「俺だけのせいじゃねえだろ?パインだって…」
   ばふっ…

 全部を聞くに耐え切れず、パインは引っ手繰った枕をギップルの顔面に直撃させた。


「そんなに飢える前にルカの裏町にでも行けよ。莫迦!」


 浴びせた枕がズルリと落ちると、顰めた顔が目の前に現れる。
 痛みに歪んだ…と言うよりは、何となく複雑そうにこちらを見詰めている。

「それ、マジに言ってんの?」

 普段よりかなりトーンが落ちた声。
 満たされない不満故かと思ったが、どことなくいつもと違う気配に無言のまま窺ってみる。


「…なあ、どうなんだよ?」

 どこか真剣味を帯びた響きに、微かに戸惑いを覚えた。






 訳が分からない…とでも言うように顰められた柳眉。
 ゆっくりと瞬きを繰り返している緋色の瞳は、眠りを妨げられた非難が浮かんだままで。

 何を口走ったのかすら自覚していないのか。
 紛いなりにも恋人に向かって「他の女に相手をして貰え」と言ったも同然だと言うのに。
 その程度のものなのか…と腹立たしさが込み上げる。
 他の女に触れても何とも思わないのか…と。


「私は率直な意見を述べただけだが?」
「俺が他の女を抱いても平気だって言うのかよ?」

 問い返した言葉を頭の中で反芻するかのように、パインは小首を傾げた。そして少し思案顔になる。


「まあ、あまり面白くはないけど…」


 多大な期待はしていなかったが、それ以上につれなすぎる回答。

 どっと疲労感が押し寄せた。
 ギップルはどこに感情を発散させて良いのか分からずに、ガシガシと髪を掻き混ぜた。
 盛大についた溜息に、パインは不思議そうな顔をした。


「何をそんなに怒ってるんだ?」

 …これが怒らずにいられるか。

 浮気公認…なんて、世の中には羨ましがる男もいるかもしれない。
 でも俺はパインを独り占めしたいし、それと同じくらい独占したいと思って欲しいのだ。


 望むのも、求めるのもいつも俺の方。
 確かにこの極度に照れ屋な人が…万が一それを望んでいたとしても…素直に求めてくる訳がない事くらい分かっている。

 パインは余程の事がなければ応じてはくれる。

 彼女は普段は透明な氷のようにストイックなのに、一度溶け出すと溺れそうな程に艶かしい。

 ほんのりと色を残したまま横たわる…しどけない姿に触れたくなるのは当然の事。
 自分だけが知っている…酔う程に匂い立つ香り、柔らかでしなやかな肌の感触。
 そして、仕種や表情や…甘い声。

 でも、その存在全てを独占している恍惚感は腕の中にいる時だけ。
 だから何度も確かめたくなるのに。



 ギップルは覆い被さっていたパインの上から退くと、重たい体を引き摺って寝台下に座り込んだ。
 放ったままの箱から引き出した煙草を咥える。
 遣り切れない憤りを煙諸共吐き出した。

 窺っている視線が背中を彷徨っている。


「なあ、ギップル…」
「もう寝ろよ。邪魔しねえから」


 戸惑いを帯びた声をぴしゃりと跳ね除けると、背後で息を飲んだ気配がした。
 身じろぎにキシッ…と寝台が軋んだ。
 だが、それ以上動く様子はない。






「…私は……」



 長い長い沈黙を破ったのは臆したような小さな声。

「そんなに飢えるまで我慢する事ないのに…って思っただけ」

 口火を切れば胸の内に渦巻いている感情の全てをぶちまけてしまいそうで、ギップルは努めてその声を聞き流そうとした。
 返答が無い事に不安を覚えたのか、か細い声が言葉を選ぶようにたどたどしく続く。


「…そりゃ、あんたが他の女の人に満たされるのはあまり良い気分じゃないけど。でも…私じゃ駄目なんだろ?」


 故意に耳を塞ごうとしていたせいか、頭に到達するまでに時間がかかった。
 だが今度は、意味を飲み込もうにも思考に浸透して来ない。

 無意識に咥え直そうとした指が止まった。

「今、何て言った?」

 寝台を振り返れば、手繰り寄せたケットごと膝を抱えたパインがこちらを見詰めていた。
 鋭く切り返したせいでなのか、ケットを握り締めた指に力が篭ったのが分かった。
 パインは微かに口許を引き攣らせ、視線を彷徨わせる。

 そして、小さく唇を噛んだ。

「私じゃ…もう駄目なん…だろ?だから…」





 呆気に取られた。

 心底、呆気に取られた。

 頭ん中真っ白って感じだ。




 まるで泣き出してしまいそうなくらい顔を歪めて、これ以上小さくならないくらいに身を縮めて。
 上擦ったような声が更に問う。



「だ、から…何度しても、満たされないんだろ?」



 思考が空回りして追いつかない。
 先ほどまでの憤懣など綺麗さっぱり吹き飛んだのは確かだ。

 …ちょっと待て、おい!

 慌てて立ち上がりかけたが、存在を忘れていた煙草から火の粉が幾つか飛び散った。

「…熱っ!あ〜もう!」
 その熱さに苛立ちながらも何とか灰皿に捻じ込んで、ギップルは一つ大きく息をつく。

 今更。
 この人が疎いのは本当に今更なのだが。



「あのさ。パイン先生」

 溜息混じりに声をかけた瞬間、パインは怯えたように身を竦める。
 まるで最後通告を待ち構えるかのように顔を強張らせて、唇を噛み締めたまま。



「バ〜カ」


 呆れ万歳にして言い放つと、少し驚いたように瞳が瞬く。
 窺うように向けられた顔はまだどこか不安げだ。


「俺が他の女で満たされる訳ねえだろ?」

 普通の女なら少しでも安堵してくれるはずの慰めに、困惑したように眉根が寄る。

「どうして?」

 まさか問い返されると思っていなかったギップルの方も困惑を覚えた。

「…どうして…って」
「だって、男は女を抱けば満たされるものだろう?」


 一晩にこんなに何度も衝撃を受けたのは初めてだ。
 ホント、マジで呆気に取られた。


 …あのなあ。おいっ。そこまで言うか?普通。

 裏を返せば、男は欲求を満たす為だけに女を抱くのだろう…と言いたいらしい。

 確かにそれを完全に否定する事なんて出来ない。
 少なくともそう言った意味での経験が無い訳ではない…自分には。

 でも、パインに触れるのはそれと全く別なものなのに。



 今まで何度も肌を重ねてきた。
 その行為をパインはずっと誤解していたことになる。

 そこにある想いは何一つ伝わっていなかったのだと思うと、空しさと遣り切れなさに襲われて
つい溜息が零れ落ちた。


「…違うのか?」


 今の溜息をどう取ったのか、まるで叱られる寸前の子供のような顔をして見上げてくる。
 不謹慎にも可愛らしいと思ってしまうから重症だ。

 想像以上に疎い…と言うか、ここまで概念が偏り過ぎている相手に腹を立てていた自分が莫迦みたいに思えた。

 …こりゃ、また…随分と手ごわそうだな。



「完全に間違いじゃねえけど、それが全部じゃねえよ」
「よく、分からない」

 ギップルは困惑顔のままのパインの傍に座り込むと、額にかかる銀糸の髪に手を伸ばし…そっとかき上げた。
 ゆっくりとゆっくりと何度か髪を梳くように撫でていると、パインは心地良さそうに目を細める。

 暫くすると少しホッとしたように表情を緩めてくれた。


「分からないなら俺が教えてやるよ」
 愛情込めてな…と付け加えるとパインは不満そうに口を尖らせる。

「何か、嫌な言い方だ」
「パイン先生、全然分かってないんだもんさ」

 ギップルはそう言いながら不機嫌そうに歪められたパインの口許に唇を寄せた。
 そして頬や目許、額へと掠めるように口付けながら囁くように呟く。


「…最初からやり直しだな」

「最初…から?」


 少し擽ったそうに首を竦めたパインは、また…分からなかったようで問い返してくる。

「そっ、最初から。時間はたっぷりあるんだし…」
 啄ばむような接吻を繰り返し、ギップルは白い肌の体を引き寄せた。

「だから、私は眠たいんだってば」
 どうやら「やり直し」の意味を誤解したらしく、パインは腕の中から逃れようと身を捩る。


「分かってるって。また今度。追々、ゆっくり…な」



 どうやって伝えよう。

 この飢えを煽るのも、満たし癒す事が出来るのも、ただ一人だと言う事を。
 そして、それが何故なのか…を。

 腕の中の君に。







こんな話表に載せて良いのかしらん?本来なら裏行きかもなあ…なんて思いつつも、半分ヤケ気味にUP。
85とか49辺りで触れていた、パインたんのかなり偏った概念のネタは、いつか書こうと思っていたもので。
もしかしたら後日話…とかあったりする、かも。(また閨話かいっ)
お題62・素朴な疑問:20050807:シアーズ