５７・ごほうび
呼ばなくては来ない恋人。
それなりに忙しいようだから仕方がない。
だが、向こうからの呼び出しやお誘いが無いと言うのも何とも寂しい現実。
話をしていてもあまり嬉しくない奴らばかり頻繁に連絡を入れてくる…と言うのも戴けない。
「あんたじゃあるまいし、俺は部屋に缶詰になる気はねえぞ」
半ば邪険にそう言うと、バラライが通信スフィアの向こうで曖昧な苦笑のような表情を浮かべた。
『ウチのリフターだって修理して欲しいのに』
ギップルはウンザリげに溜息を付くと、金の髪を掻く。
「そんなモン…そっちの技術部にやらせろよ。何の為に知識提供してると思ってるんだ」
『街の整備だけで手一杯らしいんだ。本部は後回しにされてるんだって。お陰で愚痴が多くって…』
誰から言われているのか大体想像が付く。
年配層の多い僧官たちにだろう。
「しょうがねえなあ。ミヘンに行っている奴らが戻ったらそっちに行かせる」
『恩に着るよ。ギップルも結構、身の自由が利かなくなっているみたいだね』
リーダーと言う肩書きとは言え、以前はお気軽な身で出回っていたギップルも最近はジョゼにいる事が多くなった。
マキナの開発だけでは無く、青年同盟や新エボン党からの要請で各地の整備を手伝う事になり…マキナ派は大所帯に、
そして多忙に成りつつあった。
それを総統括しているギップル自体もウンザリする程仕事が山済みになっているのだ。
「お陰でデートも出来ない」
不貞腐れたような口調で答えると、バラライは向こうで苦笑していた。
『昨日、三人でスフィアを届けに来たよ』
スフィアハンターであるカモメ団が、新エボン党と青年同盟の両方にスフィアを届けるようになった事は聞いていた。
何もしなくても…二人は彼女に会えるのだ。
こっちは呼び出ししなければ顔も見られないと言うのに。
「そうかよ…」
半ば邪険に答えると、バラライが肩を震わせていく。
『…最近、連絡が無いって言っていたよ』
そんな話をバラライにまでしているのか…とギップルは思わず顔を顰めた。
…呼ばなきゃ、ホントに来ないつもりなのか？
「ったく…。あいつは…」
『ギップルも忙しいんだろうな…って』
以前は暇さえあればセルシウスに連絡を入れて話をしていた。
面倒臭そうながらも出てきてくれるのが嬉しかったのもある。
今ではそれがなかなか出来ない状況になってしまっている。
「さいですか…」
ギップルは通信スフィアのある装置へと頬杖を付いて悪態をついた。
『…パインの方からは連絡無いの？』
「して来た事なんてねえよ。一度も…」
通信を入れてもスフィアハントや買出しで不在だった事もあって、もう十日近く話をしていない。
連絡をくれるようにとダチやアニキに伝言は頼んでいるが、あの二人が伝え忘れているのか、嫌がらせで伝えていないのか。
…それとも向こうから連絡してくる気は全く無いのか。
ふうん…とバラライが零して、何かを考えるように宙に視線を滑らせたのが分かった。
考えが纏まったのか彼はにっこりと笑みを浮かべた。
『ギップル。ちょっとそのまま待っていてくれない？』
「何だよ。俺だって暇じゃねえんだぞ…」
『二、三分でいいよ』
待っててよ…と、念をおしたバラライが通信を切ったのかスフィアから彼の姿が消えた。
何も映らなくなったスフィアを見詰めながらギップルは大きく溜息をついた。
元ジョゼ寺院の一室にある通信スフィアは、セルシウルと同じ通信装置なのでスピラ中に通信が可能だった。
勿論、今は空の上の飛空艇セルシウスにも。
チャンネルを変えれば…呼び出せる。
ギップルは椅子に凭れて天井を仰いだ。
思わず零れてしまう溜息。
素っ気無いのは今更だし、冷たい態度を取られるのも照れ隠しだと分かっている。
けれど、でも自分が忙しくても、相手が忙しくても…会いたいと思ってはくれないのだろうか。
まどろむ事が出来る…小さな陽だまり。
パインにとって自分がそう言う存在なのだと分かっていても、やはり連絡くらいは欲しい。
ギップルはそのまま何度かの溜息をついた。
二、三分でいいと言った割には長い。
もうそのくらいの時間は経っているはずだった。
ギップルは小さく舌打ちをして椅子から立ち上がった。
「三分経ったからな」
再度の連絡を入れて来ないバラライに向かって言い訳するようにギップルは小さく呟く。
その視界に通信を知らせるランプが点灯した。
それと同時にアラートが鳴り始める。
「遅っせよ…馬鹿」
ギップルは再び舌打ちをすると乱暴に通信機のスイッチを入れた。
現れた姿に一瞬…息を飲んだ。
鼓動が跳ね上がる。
『何だ？不機嫌そうだな。出直した方がいいか？』
そっちの方が不機嫌そうだった。
緋色の瞳が少し怒っているように見えた。
それは見間違えるはずもない、冷たい恋人の姿だった。
「何…で？」
慌てて椅子に座り直して通信スフィアと対峙するが、思考が空回りして…そんな問いしか出て来ない。
『何でとはご挨拶だな。バラライに言われて連絡入れたっていうのに』
待て…の意味が漸く分かったギップルだった。
新エボン党の執務室にはジョゼや青年同盟の本部・支部への長距離ホットラインの装置を置いた。
その他にも周辺各地に通信出来る複数チャンネルを持った中距離用の通信スフィアもあるのだ。
それを使ってバラライはセルシウスを捕まえ、パインを呼び出した。
そしてジョゼへ連絡するように告げたのだろう。
「人に言われなきゃ連絡して来ねえのかよ」
『あんた、忙しいみたいだったし…』
相変わらず素っ気無いお言葉だ。
「ダチに伝言頼んだんだけど…聞いてねえのか？」
たまには連絡くらい寄越せ…と言っておいてくれと頼んでから、もう七日は経っている。
最初の内は少し期待もしていたが、そのうち諦めた。
『聞いた…けど…』
少し歯切れの悪い様子でパインは視線を反らす。
落ち着かないのかブリッジを見回すように瞳を向けていくのが分かった。
「じゃあ…何で連絡して来ないんだよ」
態と怒ったようにそう言うと、言葉を詰まらせたようにパインの動きが硬直する。
視線を合わせないようにしていた横顔が困ったような表情に変わっていく。
『だって…』
漸く向けて来た顔は困り果てたような…めちゃめちゃ可愛らしい表情をしていた。
ギップルが一番気に入っている顔だ。
『あんたじゃない人が出たら嫌だし…』
「はあ？」
ジョゼの通信装置は誰もが使える。
それは飛空艇も同じだろう。
大概はブリッジに詰めているダチかアニキ、もしくはリュックが出てくる。
ユウナは時々だがパインが出て来た事などない。
見る見るうちにパインの頬が紅潮していくのが分かった。
通信スフィア越しでも分かるくらいに。
意味が分からずにパインの顔をマジマジと見詰めていたギップルだったが、不意に閃いてしまった。
「…恥かしい…のか？」
紅玉の瞳に怒ったような色が浮かんだ次の瞬間…いきなり通信が切れた。
慌てて通信を入れ直すと、今度はなかなか出ない。
向こうでスイッチを入れなければ繋がらないようにしたシステムが恨めしい。
不意に繋がった映像の向こうにいたのはダチだった。
『何言ったんだ？真っ赤になって逃げったぞ？』
「おいおい…」
ギップルは思わず肩を落として項垂れてしまった。
折角…向こうから入れて貰った通信なのに数分と保たなかったとは。
『さっき、議長さんと何やら話してた時は物凄く不機嫌だったって言うのに…』
ダチは肩を竦めながらパインが逃げていってしまった方向へと顔を向けていく。
「バラライの奴…」
まあ、口の巧い議長様が何を言ったかくらいは大体は想像がつく。
今なら呼び出しをしないで済む事を仄めかしたのだろう。
正直…気に食わないが、あいつはパインの事を良く分かっている奴なのだ。
長い三分の待機時間。
待ったご褒美にしては、かなり短い会話。
でも、得たものはそれ以上の価値があった。
『何か伝言しておくか？』
伝言はいつもきちんと伝わっているらしい。
「…明日そっちに行くって言っておいてくれ」
『おっ…久々にデートか？』
「それ言うとシメられんぞ」
ギップルのその指摘にダチは、それもそうだな…と肩を震わせた。
通信を切って、ギップルは再び椅子に凭れて天井を仰ぐ。
思わず口許が緩んでしまった。
何だか嬉しくなってしまって笑いが込み上げてくる。
誰かに呼び出して貰うのが恥かしくて連絡を入れて来ないなど…思ってもいなかった。
「…そっか、俺に直接なら良いのか」
どうせならいつでもどこでも話が出来る方がいい。
本当に…素っ気無くて、照れ屋な恋人と。
終
こっぱずかしい話の前フリ（苦笑）結局、無理やりお題にする事にしました。。
お題５７・ごほうび：２００５０２０９：シアーズ