２７・イライラ


　剥れたような顔も、普段より子供っぽく見えて何とも可愛らしい。
　可愛いと思う。

　…でもなあ。



「機嫌直せって…」

　先程から痛いくらいに感じている、恨めしそうな視線。
　ギップルはその視線の主を宥めようと試みるが、緩む様子は無い。
　それどころか、先程から全く口も利いてくれない有様だ。


「ほらっ。日が暮れる前に帰ろうぜ」


　あまりの嬉しさに、つい必要以上の突っ込みをした事は反省するしかない。
　お陰で、漸く懐いてくれそうだった猫は腕の中から飛び出してしまった。
　近づこうとすれば、毛を逆立てて威嚇してくる始末。


「日が暮れたら厄介なの…知ってるだろ？」


　それを知らない彼女ではない。
　数歩向こうの瞳の中で、理性と感情が揺れるのが見えた。


「なっ？だから、いつまでも駄々捏ねてないで…」


　綺麗に描かれた眉がピクリと跳ねた。
　緋色の瞳が微かに細められる。

　…あ、地雷踏んだ？

　またもや余計な一言だったかもしれない。

　彼女は自分が駄々を捏ねていると言う自覚があるのだ。
　それを指摘されたら、強情な彼女は余計に意固地になるだけだろう。


「このままだと一晩ここで明かす事になるけど、それで良いのか？」


　パインは、それこそ子供が剥れたような顔をして視線を泳がせた。
　普段なら絶対に見せないであろう…その表情が、堪らなく可愛らしく思えて苦笑を誘う。


　彼女には珍しいくらいの剥き出しの感情。
　ちょっと心苦しい気もするが、それで良いのだと思う俺がいる。

　無理に感情を封じ込めれば、歪みが生じる。
　ちゃんと吐き出させてやらなきゃ駄目なのだ。



　…まあ、俺としちゃ…結果はどっちでも良いんだしさ。

　一晩くらいなら、積んできた装備で凌ぐ自信はある。
　それに一緒に過ごせるなら、思わぬ儲けモンと言うものだろう。

　そう判断した時点でこちらの勝ちは決定したようなものだ。



　今日の陽の名残が全てを朱金に染めていく。
　次第に赤みを帯びていくのが分かる。



　キャンプに戻る期限が迫っている事くらい、パインは気がついているはずだ。


「…嫌」


　漸く口を利いてくれたかと思えば、たった一言。
　予想通り、ささやかな願望には反していた。

「だったら、ほら…戻って来い」







　ちゃんと、分かっているのだ。
　どんどん時間が無くなっていく事くらい。

　でも…

　…あんな事言うからだ。馬鹿。



『今、好きって顔に書いてあった』



　把握し切れずにいる感情を勝手に覗き込んで。
　都合の良い解釈をして。


　頭の中で次々に浮かび上がる罵詈雑言の類が、今にも口から飛び出してしまいそうだ。

　このままでは、一晩一緒に過ごさなければならない。
　それは絶対に避けたい。


　自分が折れなければならないのは分かっている。
　言われなくても、ガラでも無く…己が駄々を捏ねている事くらい分かっているのだ。
　どう考えても分が悪い事も。


　根気良く促すように差し出される手。


　パインはそれを見詰めながら、子供じみた感情を強引に吐息で吐き出した。

　…こんなの私じゃない。

　あんな事言われて簡単に動揺するなんて。
　鼻で嘲って、適当にあしらえば良かったのに。
　でも、どうしてもそれが出来なかった。

　…いつもそうだ。

　よくよく考えれば大した事ではないはずなのに、イライラして怒ったり、悔しくて泣きそうになったり。
　ギップルと一緒にいると感情が抑えられなくなる。
　それに加えて、無意識に警戒しているのか…やたらと心拍数が上がる。


「パイン先生。もう時間…ねえよ？」


　ほら…と、ギップルは沈もうとしている陽を、振り返りもせずに肩越しに指差して苦笑を浮かべる。

　…その余裕ぶりが癪に障るんだってば。

　再び込み上げた苛立ちに、身動きが出来なくなった。
　こんな事で動けなくなってしまう自分に腹が立ってくる。


　でも、このままでは帰れない。
　それにはギップルの元に戻らなければならない。

　分かっているのだ。自分もアイツも。



　分かっていて動かない。

　分かっているのに動けない。





「あ〜！もう！」


　誰がどう聞いても癇癪としか思えない声を上げて、パインは勢い良く足を踏み出した。
　ギップルの口許に浮かんだ満足そうな笑みが、余計に腹立たしく思えた。


終


お題を消化する為に書いたとしか思えない繋ぎ（苦笑）
お題27・イライラ：２００５０５０１：シアーズ