２５・嫌なところ


　綺麗…だと思った。

　男の人をそう表現するには相応しくないのかもしれないけれど。

　心から嬉しそうに。
　本当に楽しそうに。

　眩しいくらいに笑うその顔は綺麗だと思った。
　そして、少し羨ましくも思えた。

　あんな風に笑えなくなって、どれだけ経っただろう。


　伝説のエースと言う二つ名は大げさなものではなかったらしい。
　ユウナの麗しの君は繊細な妙技と華麗なシュートを惜しげもなく披露して、私をも含めた観客たちを魅了した。
　試合が終わり、感歎と賛辞の波を抜けて辿り着いた控え室で、彼は自身興奮冷めやまぬ様子で私たちを迎えてくれた。

「ユウナ！」

　何にも先にも…真っ先に、彼女の姿を見とめて満面の笑みを浮かべる。
　ユウナは抱きつかんばかりに駆け寄ると、こちらも興奮が収まらない様子で声を上げた。

「凄い！凄い！…君ってホントに凄いっす！」

　試合が始まるまで、いや…始まっても暫くはハラハラしていたユウナも、いつの間にかはしゃいでいた。
　試合の、と言うより彼の動きに合わせるように一喜一憂。

　でも、見惚れたように見詰めていた眼差しが微かに潤んでいたのを…パインは見てしまった。

　それは、彼がそこにいると言う真実に、様々な感情が一気に込み上げてきたのだと思う。
　柔らかそうな唇に浮かぶのはどこか切なげで、でも本当に嬉しそうな微笑みだったから。


　ふわふわとしていて甘い。
　ただそれだけではない想いを見た気がした。


「もう鳥肌立っちゃったよ〜」
「おめえ、すげえな。見直したぜ！」
「見直したって何ッスか？！」

　幾つかの手に小突かれて、髪をくしゃくしゃにされ、それでも…彼は笑う。
　今、そこにいる事の喜びを…噛み締めるように。


「パイン先生」
　いつもそう呼ぶ声とは違う声に思考から引き戻されて、パインはその主へと視線を向けた。
　少々手荒い賛辞を受けていた彼が視線を合わせた途端にニカッっと笑った。

「…どうだったッスか？」

　感想を訊かれているのだと分かった。
　綺麗だった…と答えるのはおかしい気がして少し考えたが、些か陳腐な言葉しか思い浮かばなかった。

「格好良かったよ」

　淡い青の瞳が驚いたように瞠られた。

「ほ、ほんとッスか？」
　嘘の無い賛辞だったから、パインは頷いた。

　次の瞬間…奇妙な沈黙が満ちた。

　ユウナやリュック、そしてギップルまでの視線を浴びていた。
　その意味が分からずに、パインは首を傾げる。

「何？何か変な事…言ったか？」

　小さく噴出したのはリュックだった。それにつられたようにユウナもクスクスと笑い出す。
「パインがそんな風に言うなんて珍しいねえ」
「そうそう。皮肉の一つでも出てくるのかと思ってたからビックリしちゃったっすよ」

　確かに、口を開けばそんな言葉ばかり。
　反論のしようもなくて、パインは悪態をついた。

「悪かったな」

　ギップルは長い腕でユウナの麗しの君の頭を抱えて、軽く締め上げながら揶揄するように苦笑する。
「おいっ、格好良いってさ」
「…ちょ、ちょっとギップル痛いッス」
　バタバタと暴れる彼を押さえ込んでいた男の眼差しがゆっくりと振り向く。

「こいつに惚れんなよ。ユウナ様んだからな」

　少し剥れたような声。
　その言葉に含まれる意味が分かって、小さく鼓動が跳ねた。

「そんな訳ないだろ？馬鹿」


　私はまた冷たい殻を纏う。

　ささいな隙も見せないように。
　それ以上踏み込まれないように。

　私はあんな風に綺麗に笑うなんて出来ない。

　そんな自分をどんなに嫌いだと思っていても。

終


再びご登場…麗しの君。（そろそろ名前をだそうかと）
羨望が羨望のままであるなら、感情の深みには嵌らないと思う。（どうも私はパインがぐるぐるしているのが好きらしい）
お題２５・嫌なところ：２００５０１２２：シアーズ