０１・サイアクの出会い（Ｐ）



　体が空気を欲しがっていた。
　だから、欲しいままにさせてやった。
　なのに、どんなに吸っても息苦しいのは何故？
　喘ぐように何度も息を付く。　部屋の片隅で蹲ったまま。



「・・・パイン？ちょっと良い？」

　扉を叩く音と共に飛び込んできたのはリュックの声だった。
　意識がどこかへと彷徨っていたらしく、パインは弾かれたように腕の中に埋めていた顔を上げた。
　まるでうたた寝をしていたかのような記憶の空白。
　時計を見てみれば、部屋に戻って来てから小壱時間は経っている。

「パイン？いないの？」

　パインは訝しげなリュックの声に促されて立ち上がると、戸口へと歩み寄った。
　そっと扉を開けると心配そうな顔があった。
　昨日の事があったから、また部屋に篭って悶々としているとでも思ったのだろう。

「悪い。ウトウトしてた」

　反応が遅れた事を咄嗟にそう誤魔化すと、リュックは鵜呑みにしたようで瞳に申し訳なさそうな色が浮かんだ。
「起こしちゃった？」
「いや。大丈夫だ。それより、どうかしたのか？」

　問い返しに、瞬き二つ程窺うような眼差しだった翡翠色の瞳がにっこりと笑った。
「あのね。ナーダラが、午後の発掘前に御飯食べに来ないかって。パインまだでしょ？」

　無意識に頷きそうになって、パインは咄嗟にそれを引き止めた。


　キャンプには、あいつがいる。今、一番会いたくない奴が。
　顔を合わせたら、今度は冷静でなんていられないかもしれない。
　だが思考の一部が、そんな考えの私を嘲う。

　・・・答えは出したんだろう？

　確かにそうだ。伝える事を迷っていたとは言え、以前から結論に達していた。
　やがて訪れるかもしれない現実より、二度と会う事が無くてもそこにある「何か」を選んだ。


「・・・どうしたの？もしかして具合悪いとか？」

　不安げに顔を覗き込まれてパインは小さく苦笑を返した。
「そんな風に見える？」
「って言うか疲れてるっぽい。熱でもある？」

　リュックはそう言いながら、額に手を伸ばしてくる。
　次の瞬間、己の行動に驚いた。体が無意識にその手を避けていた。
　所在無く宙を彷徨ったリュックの手。
　驚いたのは自分だけではなかったようで、目の前で翡翠色の瞳が見開かれた。

「だ、大丈夫だから・・・」

　その眼差しに浮かんだ微かな色。映っていた己の姿に、胸の奥がチクリと痛んだ。

「そう？あんまり大丈夫そうに見えないけど」

　ささやかなきっかけを掴み浮かび上がる狡猾な思考。そんな自分に嫌悪感すら湧いた。

「正直言うと、ちょっとね。陽に当たり過ぎたのかも」

　でも、これくらいなら・・・と続けた言葉に、リュックはちょっと顔を顰める。
　そして、あからさまな溜息を零した。

「駄目。パインは自分が無理してるって自覚薄いんだから特に無理は禁物」
「そうか？」
「そうだよ。食事は貰ってきてあげる。食べたらちゃんと寝た方が良いよ」

　あまりにも簡単に、思惑通り話が運ぶ。内心には後悔が滲み出た。
　自分はリュックの優しさにつけ込んだのだ。
　己を守りたい為だけに。




　部屋に篭った大気を振動させる音。
　曖昧な感覚が捉えたそれが扉を叩く音だと気が付いて、パインは弾かれたように顔を上げた。
　先程よりぼんやりしていたようだ。
　目の前に置かれた本が一ページも進んでいない。

　・・・思ったより重症だな。


　どんな痛みも耐えられる。
　全てを委ねてしまえばすぐに慣れる。
　自分は今までそうやって生きてきたのだから。
　パインは額にかかる前髪を掻き上げて小さく自嘲を零し、催促をするような数度のノックの音に誘われて扉へと向かう。

「ちょっと待って、今開けるから・・・」

　それを後悔したのは、すぐの事だった。

　扉を開けた途端、全身が凍りついたように動けなかった。
　そこに有るはずのリュックの顔は無く、壁のように立ち塞がる存在があった。
　見上げなくても、それが誰なのか分かってしまった。

「どう、して・・・」


　それは己への問いなのかか。
　それとも、相手への問いだったのか。
　パイン自身、分からなかった。

　ただ、切迫した吐息が零れ落ちた。



終



途中からどうして良いのかが分からなくなって、結局こうなりました（泣）
本当はこのお題じゃなかったはずなのに。（しかもお題にイマイチハマってないし）
パインがここまで後ろ向きなのは管理人の性格故…なんでしょうねえ。
お題０１・サイアクの出会い１：２００５０４１７：シアーズ